これで何ができるか
海外のツールのリリースノート、取引先から届いた英文の通知、論文や規約。訳すだけなら貼れば返ってきます。困るのはその先で、訳せているかどうかと、そのまま社内に出せるかどうかは別の話です。
返ってきた日本語を読むと、たいてい自然です。自然なので、そのまま配ってしまいます。ところが原文と並べると、同じ言葉が2つの日本語になっていたり、原文に無い一文が増えていたり、日付が勝手に1つに決まっていたりします。
この記事では、英語のリリースノート(架空のもの)を実際に日本語にしながら、返ってきたものを原文と突き合わせて確かめています。出てきたのは次の5種類でした。
つまり、訳文を読み直す時間を増やしても品質は上がりません。上がるのは、訳す前に何を固定するかと、訳したあとに何を突き合わせるかのほうです。
前提
| かかる時間 | 20分(A4で2〜3枚ぶんの資料) |
| 費用 | 無料。ブラウザのAIで足ります |
| 必要なもの | 原文(コピーできる形のもの)と、AIが使えるブラウザ |
| プログラミング | 不要。この記事の指示文を貼るだけです |
原文がコピーできることだけが条件です。画像やスキャンしたPDFでも読める場合はありますが、そのときは文字の読み取り違いが先に来るので、この記事の突き合わせが余計に効きます。
社外秘の資料を貼ってよいかは、会社の決まりに従ってください。判断できないときは、固有名詞と数字を伏せ字にしてから貼るだけでも、この記事の頼み方はそのまま使えます。
AIへの頼み方
指定する場所は、訳す前・訳すとき・訳したあとの3つに分かれます。
1. 訳す前に、揺れそうな言葉を表にさせる
いきなり訳させません。まず言葉だけ抜かせます。
「はじめて出てくる文を引用」がこの指示の肝です。最初は「出てくる回数」を書かせていましたが、実際に原文を数えると合いませんでした(workspace は4回なのに5回、connector は5回なのに6回と返ってきました)。回数は自分で数え直さないと当てになりません。引用なら、原文を検索すればその場で確かめられます。
この表で一番効いたのは、思っていたのと違うところでした。原文に workspace と work area が両方出てきて、表の上下に並んだのです。揺れは訳文の側ではなく、原文の側にあることがあります。訳す前に並べたから見えました。訳したあとでは、片方が「ワークスペース」もう片方が「作業領域」になって、別のものに見えます。
2. 訳さない語を、先に決めさせる
最後の一文を足す前は、人名の扱いで止まりました。「Priya Raman」を原綴りのまま残すのかカタカナにするのかは資料の性質で変わるので、AIには決めようがありません。印を付けて残す許可を与えると、そこだけ「▲ 人名。社内の慣行に合わせてください」という形で返ってきて、判断の場所が見えるようになります。
3. 文体を1つに決める(見出しは対象外にする)
最後の一行が要ります。これが無いと見出しにまで規則がかかって、「Regions and availability」が「対象の地域と提供時期についてご説明します」という見出しになって返ってきました。読者が見出しに求めているのは文ではないので、ここだけは外します。
4. 原文に無いことを、足させない
この指定が無いときの返りは、たとえばこうでした。保存期間を短くすると記録が消えるという段落の末尾に、「変更前に書き出しておくことをおすすめします」という一文が付いていました。妥当な助言ですが、原文にはありません。原文に無い助言が、自然な日本語で混ざります。社外に転送された先で「発信元がそう言っている」と読まれます。
指定を入れると、この一文は本文から消えて、末尾にこう分かれました。「400日という上限がどのプランでも同じかどうかは、原文には書かれていません」。足りない情報を名指しで返してくるほうが、本文に溶けた親切より役に立ちます。
範囲の外に手を出させない言い方そのものは、「ついでに整理しておきました」と言わせない頼み方にまとめてあります。
5. 意味が1つに決まらないところは、訳させずに報告させる
架空のリリースノート1枚(英語で約350語)に対して、この指定で4か所が返ってきました。日付の 3/4/2026(3月4日か4月3日か)、Q2(暦の第2四半期か、会社の会計年度か)、「US の2週間後に EU が移行する」の起点(開始日か完了日か)、上限を超えたときにどうなるか(原文に書かれていない)。
指定が無いときは、この4か所はどれも普通の日本語になって返ってきました。読み方が2つある日付が、黙って1つに決められます。迷ったところを報告させると、発信元に問い合わせる場所が数か所に絞れます。全文を疑わなくて済みます。
6. 日付と時刻は、換算前を必ず残させる
この最後の2行は、実際に間違えたので足しました。原文の「March 10 at 9:00 AM PT」を日本時間にすると、最初は「3月11日 午前2時」と出ました。正しくは午前1時です。2026年の米国の夏時間は3月8日に始まるので、3月10日はすでに夏時間(協定世界時マイナス7時間)に入っています。夏時間の切り替わりをまたぐと、換算が1時間ずれます。
使った時差を書かせると、「マイナス8時間」と書いてあるので間違いがその場で見えます。答えだけを書かせると見えません。
7. 数字は、原文の前後の語ごと並べさせる
架空の資料では14個の数字が並び、上限の「7日から400日」や「24時間以内」「99.9%」が原文どおりに移っていることを、目で1行ずつ追えました。数字は、原文の前後の語ごと並べさせると突き合わせられます。数字だけを並べても、どれがどれか分からなくなります。
AIに数字を扱わせるときの一般的な注意はAIに数字を「それっぽく」埋めさせないための頼み方にまとめてあります。翻訳の場合は数字を作り出すのではなく、写し間違えるほうが問題になります。
8. 段落に番号を振らせて、原文と並べて出させる
この形にすると、抜けが番号の飛びとして見えます。訳文だけを縦に読んでいるときは、段落が1つ落ちても気づけません。番号を使って抜けを見つける考え方そのものは同じ指示を何回もコピペしているなら、まとめて1回で頼めると同じです。翻訳では、これが原文と訳文を左右に並べる形になります。
対訳は読みにくいので、確認が終わったら「訳文だけをもう一度出してください」と頼めば、番号を外した読める形になります。
うまくいかないときの言い直し方
用語表を決めたのに、訳文が表どおりになっていない
長い資料ほど起こります。目で全部を照合しないでください。
実際にこれで1件出ました。表では work area を「ワークスペース」に寄せると決めたのに、訳文は「コネクタは1つの作業領域にしか紐づけられませんでした」のままでした。直す前に、違っていた箇所を引用させます。いきなり直させると、何が変わったのか分からなくなります。
一文が長くて、日本語として読みにくい
英語の構造がそのまま残ると1文が長くなります。
最初は「2文に割ってください」と書いていましたが、返ってきたのは3文でした。数を決めるより、長さの基準を渡すほうが結果が安定します。実際に106字の1文を渡すと、39字・20字・33字の3文になって返ってきました。数は変わりますが、基準は守られています。
専門用語まで、平たい言葉に置き換えられた
社内で通じる言い方が、親切に言い換えられて返ることがあります。用語表の「私が決めた訳」を埋め直して渡すのが基本ですが、言い換え自体を残したいときは印を付けさせます。
原文に無いことを足させない指定と、この指定はぶつかります。両方を渡すと、言い換えが消えるか、印の無いまま混ざるかのどちらかになりました。どちらを優先するかを自分で決めて、印の形まで書いてください。〔 〕を検索すれば、あとから全部外せます。
議事録で同じことが起きたときの直し方は会議の録音から、議事録と「誰の宿題か」まで出させるにも書いてあります。
PDFから貼ったら、文が途中で切れている
訳す前に、貼り付けたものの状態を見させます。
PDFから貼った文を渡すと、reten-tion と work-space が行末で割れていること、本文末尾の「1」が脚注番号であること、表の中身が1行に潰れていることが返ってきました。この状態のまま訳させると、割れた単語がそれらしい別の語として訳されます。
本文と表で、数字が食い違っている
前の項目の続きです。潰れた表は、直すだけでは足りません。
架空の資料では、本文が「7日から400日まで設定できる」と書いているのに、潰れた表の中には Starter プランの上限として90という数字が入っていました。貼り付けで潰れた表は、本文と食い違う数字ごと消えます。本文だけを訳した日本語は、読んでも矛盾がありません。だから気づけません。
訳文が長くて、そのままでは配れない
「2割短くしてください」は試しましたが、実際に短くなったのは1割ほどで、削られたのは敬語の部分でした。割合を指定するより、形を変えさせるほうが確実です。
架空の資料の「パートナーがやること」の節を渡すと、4行の表になり、期限の列は3行が「原文に記載なし」で返ってきました。空欄のまま返ってくることが、この頼み方のいちばんの収穫です。原文が期限を書いていないという事実が、表の形で見えます。誰が何をやるかを出させる言い方は「あとはご自分で」と言われないための頼み方にまとめてあります。
応用・次の一手
社内の言い回しに寄せる
訳文が正しくても、社内で回っている文書と見た目が違うと浮きます。過去の文書を1本渡せば移せます。
架空の社内通知を1本渡すと、「冒頭に角括弧の見出しを置く」「差出部署を最初の一文で名乗る」「日付は曜日を括弧で入れる」「末尾に問い合わせ先を置く」といった項目が返ってきました。ここで一度止めるのが大事です。そのまま書き直させると、元の資料に無い問い合わせ先まで型どおりに埋められます。
次に同じ資料が来たときのために、指示文にまとめさせる
同じ発信元から資料が来るなら、今回決めたことは全部使い回せます。
次に同じ発信元から資料が来たときに、そのまま貼れる形にしておきます。用語を決め直す作業は2回目からは要りません。決めたことをAIに覚えさせておく方法はClaude Codeに「毎回言っていること」を覚えさせるが参考になります。
最後に1つ。この記事の指定は、訳文の日本語を良くするためのものではありません。原文と突き合わせられる形にするためのものです。日本語として読みやすいかどうかは読めば分かりますが、原文と違っているかどうかは、並べない限り分かりません。