これで何ができるか

海外のツールのリリースノート、取引先から届いた英文の通知、論文や規約。訳すだけなら貼れば返ってきます。困るのはその先で、訳せているかどうかと、そのまま社内に出せるかどうかは別の話です

返ってきた日本語を読むと、たいてい自然です。自然なので、そのまま配ってしまいます。ところが原文と並べると、同じ言葉が2つの日本語になっていたり、原文に無い一文が増えていたり、日付が勝手に1つに決まっていたりします。

この記事では、英語のリリースノート(架空のもの)を実際に日本語にしながら、返ってきたものを原文と突き合わせて確かめています。出てきたのは次の5種類でした。

訳したあとに残る問題を5種類に分けた図。用語の揺れ(workspace と work area が別の日本語になる)、足された助言(原文に無い「おすすめします」が1文増える)、日付の断定(3/4/2026 を確認せずに1つの日付に決める)、時差の換算(9:00 AM PT の換算が1時間ずれる)の4つは、訳文だけを読んでも見えない。文体の混在(です・ます体と体言止めが混ざる)だけは読めば気づく。上の4つは訳文だけが手元にある人には見つけられず、原文を持っている人が確かめる作業になる。
5つのうち4つは、日本語として読み返しても見つかりません。原文と並べて初めて出てきます。

つまり、訳文を読み直す時間を増やしても品質は上がりません。上がるのは、訳す前に何を固定するかと、訳したあとに何を突き合わせるかのほうです。

前提

かかる時間 20分(A4で2〜3枚ぶんの資料)
費用 無料。ブラウザのAIで足ります
必要なもの 原文(コピーできる形のもの)と、AIが使えるブラウザ
プログラミング 不要。この記事の指示文を貼るだけです

原文がコピーできることだけが条件です。画像やスキャンしたPDFでも読める場合はありますが、そのときは文字の読み取り違いが先に来るので、この記事の突き合わせが余計に効きます。

社外秘の資料を貼ってよいかは、会社の決まりに従ってください。判断できないときは、固有名詞と数字を伏せ字にしてから貼るだけでも、この記事の頼み方はそのまま使えます。

AIへの頼み方

指定する場所は、訳す前・訳すとき・訳したあとの3つに分かれます。

翻訳をAIに頼むときの指定を、3つの場所に分けた図。訳す前に決めるのは、揺れる言葉を表にする・訳さない語を決める・文体を1つに決める、の3つ。訳すときに縛るのは、原文に無いことを足さない・迷ったら訳さず報告する・段落に番号を振る、の3つ。訳したあとに測るのは、数字を並べて突き合わせる・用語表どおりか確かめる・原文に無い文を探させる、の3つ。左の3つは訳す前なら1回書けば全文に効く。右の3つは原文と訳文の両方を渡さないとできず、訳文だけを渡しても答えは返らない。真ん中の段落に番号を振る指定は、右の突き合わせを機械的にするための下ごしらえ。
順番が大事です。用語と文体をあとから直すと、全部の段落を触ることになります。

1. 訳す前に、揺れそうな言葉を表にさせる

いきなり訳させません。まず言葉だけ抜かせます。

これから英語の資料を日本語にします。まだ訳さないでください。 先に、この資料の中で日本語の言い方が揺れそうな言葉を洗い出して、表にしてください。 列は次の4つです。 ・原文の語 ・その語がはじめて出てくる文を、原文のまま引用 ・日本語の候補を2つ ・私が決めた訳(空欄のまま出してください) 原文を貼ります。

「はじめて出てくる文を引用」がこの指示の肝です。最初は「出てくる回数」を書かせていましたが、実際に原文を数えると合いませんでした(workspace は4回なのに5回、connector は5回なのに6回と返ってきました)。回数は自分で数え直さないと当てになりません。引用なら、原文を検索すればその場で確かめられます。

この表で一番効いたのは、思っていたのと違うところでした。原文に workspacework area が両方出てきて、表の上下に並んだのです。揺れは訳文の側ではなく、原文の側にあることがあります。訳す前に並べたから見えました。訳したあとでは、片方が「ワークスペース」もう片方が「作業領域」になって、別のものに見えます。

2. 訳さない語を、先に決めさせる

訳さずに原文のまま残す語を、先に一覧にしてください。 対象は、会社名・製品名・プラン名・画面に表示される名前・数字と単位です。 一覧に無い語は訳してください。 どちらとも決められない語は、残す側に入れて、行の先頭に印を付けてください。印の付いたものは私が決めます。

最後の一文を足す前は、人名の扱いで止まりました。「Priya Raman」を原綴りのまま残すのかカタカナにするのかは資料の性質で変わるので、AIには決めようがありません。印を付けて残す許可を与えると、そこだけ「▲ 人名。社内の慣行に合わせてください」という形で返ってきて、判断の場所が見えるようになります。

3. 文体を1つに決める(見出しは対象外にする)

日本語の文体を次のとおりに固定してください。 ・本文は、です・ます体で書く ・本文で体言止めを使わない ・箇条書きの行末も、です・ます で終える ・見出しは名詞のままでかまいません 全文で同じ文体を使ってください。

最後の一行が要ります。これが無いと見出しにまで規則がかかって、「Regions and availability」が「対象の地域と提供時期についてご説明します」という見出しになって返ってきました。読者が見出しに求めているのは文ではないので、ここだけは外します。

4. 原文に無いことを、足させない

原文に書いていないことを、訳文に足さないでください。 説明を足したほうが親切だと思ったものは、訳文の中には入れないでください。訳文のいちばん最後に「補足(原文にはありません)」という見出しを立てて、そこにまとめてください。 原文に書かれていない事柄については、「原文に記載がありません」と書いてください。

この指定が無いときの返りは、たとえばこうでした。保存期間を短くすると記録が消えるという段落の末尾に、「変更前に書き出しておくことをおすすめします」という一文が付いていました。妥当な助言ですが、原文にはありません。原文に無い助言が、自然な日本語で混ざります。社外に転送された先で「発信元がそう言っている」と読まれます。

指定を入れると、この一文は本文から消えて、末尾にこう分かれました。「400日という上限がどのプランでも同じかどうかは、原文には書かれていません」。足りない情報を名指しで返してくるほうが、本文に溶けた親切より役に立ちます

範囲の外に手を出させない言い方そのものは、「ついでに整理しておきました」と言わせない頼み方にまとめてあります。

5. 意味が1つに決まらないところは、訳させずに報告させる

原文の意味が1つに決まらないところは、あなたが決めないでください。 その部分は訳文に〔要確認〕と書いて残し、下に次の3つを書いてください。 ・原文の該当箇所 ・考えられる読み方を2つ ・あなたはどちらだと思うか、その理由 決められるところは普通に訳してください。

架空のリリースノート1枚(英語で約350語)に対して、この指定で4か所が返ってきました。日付の 3/4/2026(3月4日か4月3日か)、Q2(暦の第2四半期か、会社の会計年度か)、「US の2週間後に EU が移行する」の起点(開始日か完了日か)、上限を超えたときにどうなるか(原文に書かれていない)。

指定が無いときは、この4か所はどれも普通の日本語になって返ってきました。読み方が2つある日付が、黙って1つに決められます迷ったところを報告させると、発信元に問い合わせる場所が数か所に絞れます。全文を疑わなくて済みます。

6. 日付と時刻は、換算前を必ず残させる

日付・時刻・金額・単位を、日本の読者がそのまま読める形にしてください。 書き換えたものは、原文の表記をカッコの中に残してください。 時差の換算をしたときは、換算前の時刻と、使った時差(協定世界時からの差)も書いてください。夏時間の有無も書いてください。

この最後の2行は、実際に間違えたので足しました。原文の「March 10 at 9:00 AM PT」を日本時間にすると、最初は「3月11日 午前2時」と出ました。正しくは午前1時です。2026年の米国の夏時間は3月8日に始まるので、3月10日はすでに夏時間(協定世界時マイナス7時間)に入っています。夏時間の切り替わりをまたぐと、換算が1時間ずれます

使った時差を書かせると、「マイナス8時間」と書いてあるので間違いがその場で見えます。答えだけを書かせると見えません。

7. 数字は、原文の前後の語ごと並べさせる

原文に出てくる数字を、出てくる順にすべて並べてください。 数字ごとに、次の3つを1行にしてください。 ・原文での表記 ・その数字の前後の語(原文のまま) ・訳文での表記 訳文のほうに見当たらない数字があれば、その行に印を付けてください。

架空の資料では14個の数字が並び、上限の「7日から400日」や「24時間以内」「99.9%」が原文どおりに移っていることを、目で1行ずつ追えました。数字は、原文の前後の語ごと並べさせると突き合わせられます。数字だけを並べても、どれがどれか分からなくなります。

AIに数字を扱わせるときの一般的な注意はAIに数字を「それっぽく」埋めさせないための頼み方にまとめてあります。翻訳の場合は数字を作り出すのではなく、写し間違えるほうが問題になります。

8. 段落に番号を振らせて、原文と並べて出させる

原文の段落に、上から1、2、3と番号を振ってください。 番号ごとに「原文」「訳文」を並べて出してください。見出しにも番号を振ってください。 最後に、原文の段落番号を1から順に並べて、訳文が付いていない番号があれば書いてください。

この形にすると、抜けが番号の飛びとして見えます。訳文だけを縦に読んでいるときは、段落が1つ落ちても気づけません。番号を使って抜けを見つける考え方そのものは同じ指示を何回もコピペしているなら、まとめて1回で頼めると同じです。翻訳では、これが原文と訳文を左右に並べる形になります。

対訳は読みにくいので、確認が終わったら「訳文だけをもう一度出してください」と頼めば、番号を外した読める形になります。

うまくいかないときの言い直し方

用語表を決めたのに、訳文が表どおりになっていない

長い資料ほど起こります。目で全部を照合しないでください。

訳し終わったので、決めた訳語の一覧をもう一度出してください。 それぞれについて、訳文の中で実際に使った言い方を書いてください。 表と違う言い方をしている箇所があれば、その文を引用してください。そのあと、違っていた箇所だけを直してください。

実際にこれで1件出ました。表では work area を「ワークスペース」に寄せると決めたのに、訳文は「コネクタは1つの作業領域にしか紐づけられませんでした」のままでした。直す前に、違っていた箇所を引用させます。いきなり直させると、何が変わったのか分からなくなります。

一文が長くて、日本語として読みにくい

英語の構造がそのまま残ると1文が長くなります。

訳文の中で、1文が60字を超えているところを探してください。 意味を変えずに、それぞれ60字以内になるように文を割ってください。割る前と割ったあとを並べて見せてください。 数字と固有名詞は削らないでください。

最初は「2文に割ってください」と書いていましたが、返ってきたのは3文でした。数を決めるより、長さの基準を渡すほうが結果が安定します。実際に106字の1文を渡すと、39字・20字・33字の3文になって返ってきました。数は変わりますが、基準は守られています。

専門用語まで、平たい言葉に置き換えられた

社内で通じる言い方が、親切に言い換えられて返ることがあります。用語表の「私が決めた訳」を埋め直して渡すのが基本ですが、言い換え自体を残したいときは印を付けさせます。

専門用語には、初出の箇所だけ短い言い換えを添えてください。 添えた言い換えは〔 〕で囲んでください。〔 〕の中は原文にありません。 2回目以降は、言い換えを付けずに用語だけを書いてください。

原文に無いことを足させない指定と、この指定はぶつかります。両方を渡すと、言い換えが消えるか、印の無いまま混ざるかのどちらかになりました。どちらを優先するかを自分で決めて、印の形まで書いてください。〔 〕を検索すれば、あとから全部外せます。

議事録で同じことが起きたときの直し方は会議の録音から、議事録と「誰の宿題か」まで出させるにも書いてあります。

PDFから貼ったら、文が途中で切れている

訳す前に、貼り付けたものの状態を見させます。

訳す前に、いま貼った原文の状態を確認してください。 次の3つを指摘してください。 ・単語が行の途中で切れている箇所 ・脚注の番号が本文にくっついている箇所 ・表が1行に潰れている箇所 指摘だけしてください。まだ訳さないでください。

PDFから貼った文を渡すと、reten-tionwork-space が行末で割れていること、本文末尾の「1」が脚注番号であること、表の中身が1行に潰れていることが返ってきました。この状態のまま訳させると、割れた単語がそれらしい別の語として訳されます。

本文と表で、数字が食い違っている

前の項目の続きです。潰れた表は、直すだけでは足りません。

本文に書かれている数字と、表に書かれている数字を突き合わせてください。 食い違っているものがあれば、どちらが何と書いてあるかを並べて書いてください。 どちらが正しいかは決めなくてけっこうです。

架空の資料では、本文が「7日から400日まで設定できる」と書いているのに、潰れた表の中には Starter プランの上限として90という数字が入っていました。貼り付けで潰れた表は、本文と食い違う数字ごと消えます。本文だけを訳した日本語は、読んでも矛盾がありません。だから気づけません。

訳文が長くて、そのままでは配れない

「2割短くしてください」は試しましたが、実際に短くなったのは1割ほどで、削られたのは敬語の部分でした。割合を指定するより、形を変えさせるほうが確実です。

この節を、読み手がやることの表に直してください。 列は「やること」「対象」「期限」です。 原文に書かれていない列は、埋めずに「原文に記載なし」と書いてください。

架空の資料の「パートナーがやること」の節を渡すと、4行の表になり、期限の列は3行が「原文に記載なし」で返ってきました。空欄のまま返ってくることが、この頼み方のいちばんの収穫です。原文が期限を書いていないという事実が、表の形で見えます。誰が何をやるかを出させる言い方は「あとはご自分で」と言われないための頼み方にまとめてあります。

応用・次の一手

社内の言い回しに寄せる

訳文が正しくても、社内で回っている文書と見た目が違うと浮きます。過去の文書を1本渡せば移せます。

過去に社内で配った日本語の文書を貼ります。 この文書から、言い回しの決まりごとを箇条書きで抜き出してください。まだ訳文には触らないでください。 抜き出したあと、私が確認してから、さきほどの訳文をその決まりごとに合わせて書き直してもらいます。

架空の社内通知を1本渡すと、「冒頭に角括弧の見出しを置く」「差出部署を最初の一文で名乗る」「日付は曜日を括弧で入れる」「末尾に問い合わせ先を置く」といった項目が返ってきました。ここで一度止めるのが大事です。そのまま書き直させると、元の資料に無い問い合わせ先まで型どおりに埋められます。

型に入っているのに、元の資料には無い情報があります。 そこは埋めずに、◯◯のまま残してください。私が埋めます。

次に同じ資料が来たときのために、指示文にまとめさせる

同じ発信元から資料が来るなら、今回決めたことは全部使い回せます。

今回決めたことを、次回そのまま貼って使える1つの指示文にまとめてください。 含めるのは、決めた訳語の表・訳さない語の一覧・文体の指定・原文に無いことを足さない指定・迷ったときの報告の仕方です。 私がコピーして貼るだけで使える形にしてください。説明は要りません。

次に同じ発信元から資料が来たときに、そのまま貼れる形にしておきます。用語を決め直す作業は2回目からは要りません。決めたことをAIに覚えさせておく方法はClaude Codeに「毎回言っていること」を覚えさせるが参考になります。

最後に1つ。この記事の指定は、訳文の日本語を良くするためのものではありません。原文と突き合わせられる形にするためのものです。日本語として読みやすいかどうかは読めば分かりますが、原文と違っているかどうかは、並べない限り分かりません。