これで何ができるか
社内に出すお知らせ、取引先へのメール、報告書の下書き。出す前に誤字を見つけてほしい、というのはAIのいちばん素直な使い道です。
ところが「校正してください」と頼むと、返ってくるのは誤字が直った文章ではなく、書き直された文章です。誤字はきちんと直っています。同時に「本件」が「この件」に、「稟議」が「社内承認」に変わっています。
問題は、誤字が直っているので、読むと良くなったように見えることです。全体が自然になっているぶん、書き換えられた箇所ほど気づけません。そのまま社内に出すと、「稟議」と書くべきところが「社内承認」になった文書が回ります。
架空の社内お知らせに、直してほしい欠陥6件(誤字3・重複表現3)と、触ってほしくない言葉4件(本件・別紙・稟議・体言止めの一文)を仕込んで、頼み方を変えながら測りました。
広く頼むと言い回しが消え、狭く頼むと直ってほしいものが残ります。どちらでもない頼み方があります。
前提
プログラミングは要りません。ふだんのチャット画面に、下書きを貼るだけです。
用意するのは自分が書いた文章です。AIに書かせた文章を整える話ではありません(それは埋め草を消す頼み方のほうです)。
⚠️ 社外秘や個人情報を含む文書は、そのAIに入れてよいかを先に確かめてください。判断の線引きはAIに触らせる範囲を先に決めておくにまとめてあります。
AIへの頼み方
1. 「校正して」と言わない。直す種類を並べる
「校正」という言葉の範囲は、人によって違います。誤字だけを指す人もいれば、読みやすく整えることまで含む人もいます。AIは広いほうで受け取ります。
直す範囲は「校正」という名前ではなく、種類の一覧で渡します。よく使う種類は次のとおりです。必要なものだけ並べてください。
- 誤字・脱字(「いたしまた」→「いたします」)
- 意味の重複(「まず最初に」「約15分程度」「各位の皆様」)
- 表記ゆれ(同じ語が「下さい」と「ください」で混ざっている)
- 数字・日付の書式(半角と全角が混ざっている)
2. 触ってはいけない言葉を、先に宣言する
種類を絞っても、社内用語は書き換えられます。AIから見れば「稟議」より「社内承認」のほうが親切だからです。親切でやっている書き換えは、禁止しない限り止まりません。
思いつかない場合は、先に挙げさせます。
挙がったものを見て、残すものを指定します。自分では社内用語だと気づいていない言葉が入っていることがよくあります。これは議事録で社内用語が別の言葉に変えられるのと同じ現象で、書いた本人にはふつうの日本語に見えています。
3. 「〜だけ直して。他は一切変えないで」は効きすぎる
範囲を絞る言い方として、いちばん思いつくのがこれです。
守りたい4件は全部残りました。ところが直ってほしかった6件のうち、直ったのは3件だけです。「まず最初に」「約15分程度」「各位の皆様」が、そのまま残っています。
「一切変えるな」は、判断が要るものを全部止めます。重複表現を消すのは「誤字を直す」ではなく「書き換える」なので、禁止の側に入ってしまいます。止める言い方は、止めたくないものまで一緒に止めます。
禁止だけを渡さず、やってほしいことと対で渡してください。§1の種類の一覧と、§2の残す言葉。この2つがそろうと、6件すべてが直って4件すべてが残りました。
4. 本文全体を返させない
ここからが本題です。返ってきた本文を読んで確かめる、という受け取り方そのものに無理があります。
一覧なら、変更が何件あるかがその場で数えられます。本文で返ってくると、変わっていない部分に混ざって、変わった部分が見えなくなります。
⚠️ ただし「本文全体は書かないでください」を必ず付けてください。付けないと、一覧の下に本文も出てきます。そうなると次の問題が起きます。
5. 一覧を、そのまま信じない
同じ1回の校正について、AIが出した「直した箇所」の一覧と、原文との実際の差分を突き合わせました。
申告は7件。実際に変わっていたのは13件でした。
載らなかった6件を見てください。本件・別紙・稟議・体言止めの一文——守りたかったものが、そっくりそのまま無申告の側に入っていました。
理由は単純です。一覧に出るのは「直した」と自覚したものだけです。「稟議」を「社内承認」に変えたのは、AIにとっては誤りの訂正ではなく分かりやすくした改善なので、直した箇所として数えられていません。
だから確かめ方は2つに1つです。
- 本文を返させない(§4)。一覧しか無ければ、一覧に無い変更は起こりようがありません
- 本文を受け取るなら、自分で差分を取る。Wordなら「比較」、Googleドキュメントなら変更履歴、テキストなら差分ツール
最後の一文を足すと申告の漏れは減りますが、減るだけでゼロにはなりません。AIの自己申告を検算せずに使わない、という考え方は報告を鵜呑みにしない頼み方と同じです。
6. 表記ゆれは、規則のほうを渡す
「表記を統一して」だけだと、どちらに寄せるかはAIが決めます。会社に決まりがあるなら、決まりを渡します。
最後の一行が効きます。規則に無いものまで「統一」の名前で触られるのを止められます。
7. 直した理由を、1行ずつ付けさせる
理由が3種類のどれにも当てはまらないものが、頼んでいない直しです。一覧を上から見て、種類の欄が空いているものだけ確認すれば済みます。
8. 長い文書は、切って渡す
長い文書を一度に渡すと、後半の直しが雑になります。これは校正に限らず起きます。
うまくいかないときの言い直し方
直すなと言ったのに、また書き換えられた
長い会話だと最初の指定が薄れます。そのつど言い直すより、直す直前に貼り直すほうが確実です。
固有名詞や商品名を勝手に直された
社名や商品名は、正しい表記のほうが少数派だと書き換えられます(「iPhone」を「アイフォン」など)。固有名詞は種類ではなく、名指しで守ります。
⚠️ 「直さずに質問させる」形にするのが要点です。禁止するだけだと、本当の誤字まで黙って見逃されます。
敬語がおかしいと言われたが、直された結果が硬すぎる
敬語は「正しいか」より「その会社で普通か」で決まります。手本を渡すほうが速いです。
直した後の文章のほうが長くなった
丁寧にしようとして語が増えます。上限を渡してください。数の指定より長さの指定のほうが守られます。
何を直されたか、結局よく分からない
一覧が長くなると読む気が失せます。種類ごとにまとめさせてください。
⚠️ 件数は目安として見てください。AIが申告する件数は、実際の変更数と一致しません(この記事の実測では7件の申告に対して13件変わっていました)。
応用・次の一手
自分のクセは、繰り返し出ます。何度か校正させたら、まとめさせてください。
3つに絞らせるのが要点です。10個返ってきても覚えられません。出てきた3つは、覚えたいことをAIに出題させるの教材にそのまま使えます。
社内で使い回すなら、指示文ごと保存します。
⚠️ この記事が扱ったのは表記、つまり機械的に正誤が決まるものだけです。「この説明で伝わるか」「順序はこれでいいか」といった中身の話は別の頼み方になります。中身まで直させると、また同じ「良かれと思って全部書き換える」が起きます。中身については、直させるのではなく指摘だけさせるのが安全です。
文章そのものに違和感があるけれど言葉にできない、という段階なら違和感を言葉にする頼み方から始めてください。