これで何ができるか
引き継ぎ資料、業務マニュアル、新人向けの作業手順——書いた本人が読み返しても、穴はまず見つかりません。自分の頭が足りない部分を勝手に補って読んでしまうからです。実際に手が止まるのは、渡した相手のほうです。
この記事は、その穴を渡す前に見つけるための頼み方です。架空の社内手順書(8手順)に、読めば通るが、やると進めない穴を8件仕込んで試しました。
読ませて批評させると5/8まで届きます。ただし落ちた3件には共通点があります。前の手順の成果物が存在しない、分岐から戻る先がない、初回にだけ必要な準備がない——どれも手順を1から順に追わないと出てこないもので、文を眺めているだけでは出ません。
下書きを読ませて批評させる頼み方そのものは人に見せる前の下書きは、AIに直させずに「どこが伝わらないか」だけ言わせるにまとめました。この記事は読ませるのではなく、やらせるほうです。
前提
| かかる時間 | 20分 |
| 費用 | 無料。無料のチャットAIで足ります |
| 必要なもの | ブラウザで使えるAI(ChatGPT・Claude・Geminiなど)と、自分の手順書 |
| プログラミング | 不要。手順書を貼って、指示文をコピーするだけです |
AIが実際にシステムを操作するわけではありません。やるつもりで一手ずつたどらせるだけです。それでも穴は出ます。
AIへの頼み方
1. まず「レビューして」がどこまで届くかを見る
比べるために、いちばん自然な頼み方から確かめます。
返ってきた5件は、どれも書き方が曖昧な箇所でした。「どのフォルダか特定できません」「不備の基準がありません」といった指摘です。的は外していません。
出てこなかったのは、手順5が「作成した請求明細表」を添付させるのに、その表を作る手順が手順書のどこにも無いという穴でした。文としては自然なので、読んでいる限り引っかかりません。
2. 「やってみて」だけでは、穴が1件も出ない
では実行させればいいのかというと、そのままでは失敗します。
止まった報告は0件、完了した手順は8/8、末尾は「以上で手順書の内容は完了です」でした。穴のあった場所ほど、丁寧に埋められています。明細表を作る手順が無いところでは、列まで決めて作ったことにしました(取引先名・請求日・金額・支払期日)。
いちばん厄介なのは、埋めた箇所が実行記録の中で他の行と見分けがつかないことです。読むと本当に通ったように見えます。
3. 「止まってください」と「決めて進まないで」を足す
同じ実行の頼み方に、2文足すだけで結果が反転します。
8手順すべてで止まり、仕込んだ穴8件が全部出ました。しかも仕込んでいない穴(メールボックスの特定、承認されなかった場合の手順など)も6件追加で出ています。
効いているのは3つです。「そこで止まって」が止まる許可、「何が分からないから進めないのか」が止まった先に書くこと、そして最後の一文が2番で起きたことの名指しです。最後の一文が特に要ります。止まる許可だけでは、決めて進むほうが優先されます。
4. 各手順の開始時点で、手元に何が要るかを書かせる
実行させるのとは別に、もう1つ角度があります。
これは7/8でしたが、3番には無い形で出ます。手順5と手順7について「どの手順の成果物でもありません」と返り、成果物の連鎖が切れている場所を名指ししました。前の手順が作らないものを、次の手順が使っている——引き継ぎ資料でいちばん多い壊れ方です。
なお、この聞き方では「差し戻したあとどこへ戻るか」は出ません。それは手元にあるものの話ではなく、次にどこへ行くかの話だからです。3番と4番は用途が違うので、両方やってください。
5. 「初めての人」と「毎月やっている人」で分けさせる
返ってきた一文がこの記事でいちばん効きます。「この手順書は毎月やっている人にとっては足りていますが、初めての人は手順2で止まります」。
手順書を書くのは、毎月やっている人です。だから権限の申請、窓口が誰か、様式がどこにあるか——一度やれば二度と要らないものが、まるごと抜けます。他の頼み方でこの穴が出にくいのも同じ理由です。
6. 2通りに読める文を、結果の違いごと出させる
止まらないまま、人によって結果が変わる箇所もあります。
「金額を確認する」が、請求書の中で合計が合っているかを見るのか、発注書と突き合わせるのかで片方は数分、もう片方には発注データが要ります。どちらも手順書どおりです。後半の「結果がどう変わるか」が無いと、ただの言葉の指摘で終わります。
7. 「止まる穴」と「結果が変わる穴」に分けさせる
全部直す時間が無いときの並べ替えです。
仕込んだ8件が、重複なく6件と2件に割れました。直す順番としては止まるほうが先ですが、後で痛いのは「結果が変わる」ほうです。止まる穴は誰かが必ず聞きに来ますが、基準が無い穴は聞かれないまま人ごとに違う運用になります。
8. 直す文は、空欄のまま書かせる
最後に手順書へ足す文を作らせます。ここで埋めさせないのが肝心です。
空欄17か所、具体値を勝手に書いた箇所は0件でした(2番では全部埋めていたところです)。この空欄17か所が、そのまま「自分が決めるべきこと」の一覧になります。
どこまで触らせるかを先に区切る考え方は「ついでに整理しておきました」と言わせない頼み方にまとめてあります。
うまくいかないときの言い直し方
「全部できました」で終わってしまった
2番の状態です。やり直させれば戻せます。
8手順とも止まり、しかも「先ほどは『経理→請求書→2026年7月』と自分で決めていました」と、埋めた値まで並記されました。埋めた値と埋めた事実が並ぶので、手順書に何を書けばいいかがそのまま読み取れます。
止まってばかりで、最後まで通らない
全部答えないと先へ進めないのでは、確認になりません。仮置きで通させます。
「その場で書いてから進めて」が要ります。あとから「自分で決めたことを挙げて」と聞くと、実際に決めていた14件のうち12件しか申告に出ませんでした。漏れた2件は、値を書かずに黙って進んだ判断です。その場で印を付けさせた回は、本文の印と一覧が12件で一致しました。
止まった理由が抽象的で、どう直せばいいか分からない
引用された9語はすべて手順書の本文にありました。直す場所が語の単位で決まるので、「情報が不足しています」と言われるより手が動きます。
実行の記録が長くて読みきれない
全8手順が1行ずつ残りました。行数が手順数と合っているかを見れば、取りこぼしに気づけます。
応用・次の一手
手順の側からではなく、出来上がるものの側から見る検査もあります。
成果物5件のすべてに「特定できない」が付きました。この手順書を実行しても、中身が決まる成果物は1つも無い——手順ごとの指摘を10件並べるより、この一言のほうが短く伝わります。
直したあとは、3番の指示文をそのままもう一度通してください。同じ頼み方で止まる箇所が減っていれば、直った証拠になります。減っていなければ、直したつもりの箇所がまだ決まっていません。
AIが「できました」と言ったことを、どこまで信じるかの一般的な扱いは「たぶん動きます」と言わせないための頼み方に、人とAIの作業の切り分けは「あとはご自分で」と言われないための頼み方にまとめてあります。
手順書は、渡した相手が止まって初めて穴が分かるものでした。渡す前に一度、通させてみてください。