これで何ができるか

引き継ぎ資料、業務マニュアル、新人向けの作業手順——書いた本人が読み返しても、穴はまず見つかりません。自分の頭が足りない部分を勝手に補って読んでしまうからです。実際に手が止まるのは、渡した相手のほうです。

この記事は、その穴を渡す前に見つけるための頼み方です。架空の社内手順書(8手順)に、読めば通るが、やると進めない穴を8件仕込んで試しました。

同じ手順書に仕込んだ穴8件を、頼み方4通りで何件見つけられたかを比べた横棒グラフ。架空の社内手順書8手順に、前の手順の成果物が無い、保存場所が決まらないなどの穴を先に8件仕込んである。「この手順書をレビューしてください」と読ませて批評させると8件中5件。「そのとおりにやってみてください」と実行させただけだと8件中0件で、止まらずに8手順とも完了した。同じ実行の指示に「できないところがあったらそこで止まって理由を書いてください」を足すと8件中8件で、8手順すべてで止まった。各手順の開始時点で手元に必要なものを先に出させると8件中7件で、前の手順の成果物として存在しないものを2か所名指しした。実行させただけの回が穴を1件も報告しなかったのは、書かれていないことを自分で決めて、8手順とも完了で終えたため。差は実行させたかどうかではなく、できないときに止まってよいと伝えたかどうかで出ている。
「やってみて」と頼むだけでは0件です。差がついたのは、実行させたことではなく「止まってよい」と伝えたことでした。

読ませて批評させると5/8まで届きます。ただし落ちた3件には共通点があります。前の手順の成果物が存在しない、分岐から戻る先がない、初回にだけ必要な準備がない——どれも手順を1から順に追わないと出てこないもので、文を眺めているだけでは出ません

下書きを読ませて批評させる頼み方そのものは人に見せる前の下書きは、AIに直させずに「どこが伝わらないか」だけ言わせるにまとめました。この記事は読ませるのではなく、やらせるほうです。

前提

かかる時間 20分
費用 無料。無料のチャットAIで足ります
必要なもの ブラウザで使えるAI(ChatGPT・Claude・Geminiなど)と、自分の手順書
プログラミング 不要。手順書を貼って、指示文をコピーするだけです

AIが実際にシステムを操作するわけではありません。やるつもりで一手ずつたどらせるだけです。それでも穴は出ます。

AIへの頼み方

1. まず「レビューして」がどこまで届くかを見る

比べるために、いちばん自然な頼み方から確かめます。

この手順書をレビューして、改善点を挙げてください。

返ってきた5件は、どれも書き方が曖昧な箇所でした。「どのフォルダか特定できません」「不備の基準がありません」といった指摘です。的は外していません。

出てこなかったのは、手順5が「作成した請求明細表」を添付させるのに、その表を作る手順が手順書のどこにも無いという穴でした。文としては自然なので、読んでいる限り引っかかりません。

2. 「やってみて」だけでは、穴が1件も出ない

では実行させればいいのかというと、そのままでは失敗します。

この手順書のとおりに、実際にやってみてください。手順1から順に、あなたが実際にする操作を書きながら進めてください。
「この手順書のとおりにやってみてください」とだけ頼んだときに、各手順でいくつの値を自分で決めたかを示した図。手順1のメールから集めるで3件、手順2の共有フォルダに保存で1件、手順3のファイル名を変更で2件、手順4の金額を確認し差し戻すで3件、手順5の明細表を添付して連絡で3件、手順6の経理から承認で0件、手順7の上長に提出で1件、手順8の記録を残すで1件。合計14件。この実行で止まったと報告された手順は8つのうち0。完了しましたで終わった手順は8つのうち8。あとから自分で決めたことを挙げさせたときの申告は12件で、実際に決めていた14件より2件少ない。漏れた2件は、値を書かずに黙って進んだ判断だった。決めた値を、決めるその場で仮置きと印を付けさせた場合は、本文の印と最後の一覧が12件で一致した。
8手順とも「完了しました」で終わりました。書かれていない値を14件、自分で決めながらです。

止まった報告は0件、完了した手順は8/8、末尾は「以上で手順書の内容は完了です」でした。穴のあった場所ほど、丁寧に埋められています。明細表を作る手順が無いところでは、列まで決めて作ったことにしました(取引先名・請求日・金額・支払期日)。

いちばん厄介なのは、埋めた箇所が実行記録の中で他の行と見分けがつかないことです。読むと本当に通ったように見えます。

3. 「止まってください」と「決めて進まないで」を足す

同じ実行の頼み方に、2文足すだけで結果が反転します。

この手順書のとおりに、実際にやってみてください。 手順1から順に、あなたが実際にする操作を書きながら進めてください。手順書に書かれていないことが必要になったら、そこで止まって、何が分からないから進めないのかを書いてください。分からないことを自分で決めて先へ進まないでください。

8手順すべてで止まり、仕込んだ穴8件が全部出ました。しかも仕込んでいない穴(メールボックスの特定、承認されなかった場合の手順など)も6件追加で出ています。

効いているのは3つです。「そこで止まって」が止まる許可、「何が分からないから進めないのか」が止まった先に書くこと、そして最後の一文が2番で起きたことの名指しです。最後の一文が特に要ります。止まる許可だけでは、決めて進むほうが優先されます。

4. 各手順の開始時点で、手元に何が要るかを書かせる

実行させるのとは別に、もう1つ角度があります。

手順を実行する前に、各手順を始める時点で手元にそろっている必要があるものを書いてください。手順書に書かれていないものは「手順書に記載なし」と印を付けてください。

これは7/8でしたが、3番には無い形で出ます。手順5と手順7について「どの手順の成果物でもありません」と返り、成果物の連鎖が切れている場所を名指ししました。前の手順が作らないものを、次の手順が使っている——引き継ぎ資料でいちばん多い壊れ方です。

なお、この聞き方では「差し戻したあとどこへ戻るか」は出ません。それは手元にあるものの話ではなく、次にどこへ行くかの話だからです。3番と4番は用途が違うので、両方やってください。

5. 「初めての人」と「毎月やっている人」で分けさせる

この手順書を、今回初めてやる人が実行する場合と、毎月やっている人が実行する場合で、必要になることの違いを書いてください。

返ってきた一文がこの記事でいちばん効きます。「この手順書は毎月やっている人にとっては足りていますが、初めての人は手順2で止まります」。

手順書を書くのは、毎月やっている人です。だから権限の申請、窓口が誰か、様式がどこにあるか——一度やれば二度と要らないものが、まるごと抜けます。他の頼み方でこの穴が出にくいのも同じ理由です。

6. 2通りに読める文を、結果の違いごと出させる

止まらないまま、人によって結果が変わる箇所もあります。

手順書の文のうち、2通り以上に読めるところを挙げてください。それぞれの読み方で実行した場合に、結果がどう変わるかも書いてください。

「金額を確認する」が、請求書の中で合計が合っているかを見るのか、発注書と突き合わせるのかで片方は数分、もう片方には発注データが要ります。どちらも手順書どおりです。後半の「結果がどう変わるか」が無いと、ただの言葉の指摘で終わります。

7. 「止まる穴」と「結果が変わる穴」に分けさせる

全部直す時間が無いときの並べ替えです。

挙がった不足を、それが無いと手順が実際に止まるものと、止まらないが人によって結果が変わるものに分けてください。

仕込んだ8件が、重複なく6件と2件に割れました。直す順番としては止まるほうが先ですが、後で痛いのは「結果が変わる」ほうです。止まる穴は誰かが必ず聞きに来ますが、基準が無い穴は聞かれないまま人ごとに違う運用になります。

8. 直す文は、空欄のまま書かせる

最後に手順書へ足す文を作らせます。ここで埋めさせないのが肝心です。

止まった箇所それぞれについて、手順書に足す一文を書いてください。私が決めないと書けないところは空欄にしてください。勝手に埋めないでください。

空欄17か所、具体値を勝手に書いた箇所は0件でした(2番では全部埋めていたところです)。この空欄17か所が、そのまま「自分が決めるべきこと」の一覧になります

どこまで触らせるかを先に区切る考え方は「ついでに整理しておきました」と言わせない頼み方にまとめてあります。

うまくいかないときの言い直し方

「全部できました」で終わってしまった

2番の状態です。やり直させれば戻せます。

いまの実行では、手順書に書かれていないことをあなたが自分で決めて進めていました。もう一度、手順1からやり直してください。今度は、自分で決めなければ進めない箇所に来たら、そこで止まって理由を書いてください。

8手順とも止まり、しかも「先ほどは『経理→請求書→2026年7月』と自分で決めていました」と、埋めた値まで並記されました。埋めた値と埋めた事実が並ぶので、手順書に何を書けばいいかがそのまま読み取れます。

止まってばかりで、最後まで通らない

全部答えないと先へ進めないのでは、確認になりません。仮置きで通させます。

止まった箇所のうち、いま私が答えられるものにだけ答えます。残りは仮置きで進めてください。仮置きした箇所は、その場で「仮置き」と書いてから進めて、最後に一覧にしてください。

「その場で書いてから進めて」が要ります。あとから「自分で決めたことを挙げて」と聞くと、実際に決めていた14件のうち12件しか申告に出ませんでした。漏れた2件は、値を書かずに黙って進んだ判断です。その場で印を付けさせた回は、本文の印と一覧が12件で一致しました。

止まった理由が抽象的で、どう直せばいいか分からない

止まった理由が抽象的です。手順書のどの語が決まっていないから止まったのかを、その語を引用して書き直してください。

引用された9語はすべて手順書の本文にありました。直す場所が語の単位で決まるので、「情報が不足しています」と言われるより手が動きます。

実行の記録が長くて読みきれない

実行の記録は要りません。手順番号と、そこで止まったか進めたかだけを表にしてください。止まった場合は、理由を1行で書いてください。

全8手順が1行ずつ残りました。行数が手順数と合っているかを見れば、取りこぼしに気づけます。

応用・次の一手

手順の側からではなく、出来上がるものの側から見る検査もあります。

この手順書を最後まで実行したとき、最終的に何が出来上がっているはずですか。成果物を一覧にしてください。手順書から特定できないものは「特定できない」と書いてください。

成果物5件のすべてに「特定できない」が付きました。この手順書を実行しても、中身が決まる成果物は1つも無い——手順ごとの指摘を10件並べるより、この一言のほうが短く伝わります。

直したあとは、3番の指示文をそのままもう一度通してください。同じ頼み方で止まる箇所が減っていれば、直った証拠になります。減っていなければ、直したつもりの箇所がまだ決まっていません。

AIが「できました」と言ったことを、どこまで信じるかの一般的な扱いは「たぶん動きます」と言わせないための頼み方に、人とAIの作業の切り分けは「あとはご自分で」と言われないための頼み方にまとめてあります。

手順書は、渡した相手が止まって初めて穴が分かるものでした。渡す前に一度、通させてみてください。