これで何ができるか
会議や通話の録音は、いまはスマホの録音アプリやWeb会議の機能が文字にしてくれます。問題はその先です。出てきたテキストは「えー」「あの」だらけで、同音の変換ミス(「人事移動」「決済が下りる」)と、聞き間違いが混ざっています。
そこでAIに貼って「読みやすく整えてください」——ここを実測しました。架空の電話打ち合わせ(発注前の確認・28行)に、誤変換5件・話の中で食い違う数字と人名2組・変えてはいけない言い回し4件を先に仕込んで、返ってきたものを1行ずつ機械で照合しています。
先に、意外だったほうから。AIは賢かった。誤変換は5件とも正しく直り、「初回は40台」と「50台ぶんの初回」の食い違い、「加藤」と「佐藤」の食い違いは、頼んでもいないのに指摘してきました。
問題は、その同じ返答の中でこれが起きていたことです。
| 原文(言った言葉) | 「整えて」の返り |
|---|---|
| たぶん間に合うと思います | おそらく間に合うと思いますが |
| 社内で確認しないと確約はできないんですが | 社内で確認しないと確約はできません |
| うちの担当が今月で異動になりまして | 弊社の担当が今月で異動になり |
| 私の記憶だと、去年は10日ほど遅れたはずです | 私の記憶では、昨年は10日ほど遅れました |
最後の行が全部です。「遅れたはずです」は不確かな記憶で、「遅れました」は事実の報告です。読み手の判断が変わります。機械で数えると、フィラーの除去だけでは説明できない変化が28行中25行にあり、仕込んだ言い回し4件は4件とも書き換わっていました。
整えられた文は、読みやすくなった時点で、もう「その人が言った言葉」ではありません。あとで「言った・言わない」の確認に使えず、そのまま引用もできません。しかも返ってきた文はビジネス文書として自然なので、読み直しても気づけません。
もうひとつ。このとき「修正した箇所」として申告されたのは、誤変換の5件だけでした。実際に変わっていたのは25行です。
この記事は、同じ賢さのまま、発言を書き換えさせない頼み方と、書き換わっていないかをあとから機械的に確かめる頼み方をまとめたものです。
前提
| かかる時間 | 15分(30分の録音ぶん) |
| 費用 | 無料 |
| 必要なもの | 文字起こしのテキスト。文字起こし自体は録音アプリやWeb会議の機能がやります |
| プログラミング | 不要。テキストを貼って指示文を貼るだけです |
通話や会議の中身を外部のAIに貼ってよいかは、職場の規則を先に確認してください。相手のいる録音は、録音そのものの同意も別の話です。貼ってよい範囲の決め方はAIに「ついでに整理しておきました」と言わせないための頼み方にまとめてあります。
この記事の前提はひとつだけです。ほしいのが発言の記録なら、読みやすさより「言った言葉のまま」が優先です。自分のメモを文章に起こすなら書き換えは歓迎——対象が他人の発言かどうかで分けてください。
AIへの頼み方
1. まず「整えて」と頼むと、どうなるかを見る
外れから出します。
フィラーは消え、誤変換は直り、食い違いの指摘までしてくれます。仕事としては優秀に見えます。ただ実測では、それと同じ手つきで話し言葉が丁寧なビジネス文書に翻訳されていました。「うちの」が「弊社の」に、「してもらうことって可能ですか」が「していただくことは可能ですか」に。その延長で、「はずです」が「ました」になります。
「読みやすく」は、文体の注文として解釈されます。発言の記録がほしいという意図は、この言い方では伝わりません。
2. 取り除いてよい種類と、変えてはいけない種類を並べる
効いたのはこれです。
これで、誤変換の修正5件と食い違いの発見はそのままに、言い回しの置き換えが0行になりました。「たぶん」「はずです」も4件とも原文のまま残っています。
「整えて」という名前の範囲は相手が決めます。取り除いてよい種類と、変えてはいけない種類を、こちらが並べます。書いた文章の校正で同じ形が効く話は誤字と重複だけ直させて、自分の言い回しは残す頼み方にあります。文字起こしで特に大事なのは「言い切りの度合い」を名指しで守らせることです。ここが書き換わると、記録の意味が変わります。
📌 「直さない。ただし〔要確認〕と付けて一覧にする」のように、禁止には必ず受け皿を付けてください。禁止だけだと、食い違いの発見ごと止まります。
3. 数字と名前は、一覧にして音源で確かめる
ここが文字起こし特有の話です。今回の教材には、もうひとつ仕込みがありました。話者は「14日」と言ったのに「4日」と書き起こされている——話の中に食い違いを作らない聞き間違いです。
これは、どの頼み方でも見つかりませんでした。指示文2も「話の中での食い違いはない」と正しく判断して、そのまま残しています。文脈の検査で見つかるのは、話の中で食い違う誤りだけです。1回しか出てこない数字の聞き間違いは、テキストをどう眺めても分かりません。
だから、数字と名前はテキストの中で決着させず、音源に戻る前提で一覧にします。
実測では24件の一覧が返り、引用29箇所は29箇所すべて原文に実在しました(機械照合)。「4日」も当然この一覧に載ります。あとは一覧のタイムスタンプの場所だけ録音を聞き直せば、全部を聞き直さずに済みます。数字の確かめ方の一般形はAIに数字を「それっぽく」埋めさせないための頼み方にあります。
4. 直してよい根拠を、こちらから渡す
「加藤」と「佐藤」のような固有名詞の食い違いは、正解を知っているのは自分です。知っているなら、根拠ごと渡します。
実測では、名前の2箇所だけが直り、一覧に根拠のない「40台/50台」は〔要確認〕のまま残りました(行差分で確認)。渡した根拠の範囲だけが動くのがこの形の値打ちです。
5. 音源で確かめたら、1箇所だけ直させる
録音を聞いて「4日」が「14日」の聞き間違いだと分かったら、その1箇所だけを直させます。
実測では、機械の行差分で変わったのは指定の1行だけでした。「ついでに」の修正を混ぜさせないために、「この1箇所だけ」「ほかは1文字も変えずに」の両方を言います。
うまくいかないときの言い直し方
何を変えたか、あとから全部挙げさせる
すでに「整えて」で通してしまったものがあるなら、まず本人に聞きます。
実測では、これでかなり出てきました——言い換え13項目に加えて、「はずです」が落ちた件を自分で見つけて差し戻しを推奨してきたほどです。ただし、機械の行差分と突き合わせると、「すべて」と言っても、変わった25行のうち5行は最後まで一覧に出ませんでした。申告は出発点として使い、申告で終わらせないでください。
整えたものを、別の目で検査させる
確実なのはこちらです。原文と整えた文の両方を、別の新しい会話に貼ります。
実測では、筆頭で「遅れたはずです→遅れました」の言い切り化を挙げ、本人の申告が最後まで漏らした行(「そうですね」→「そうです」)も拾いました。自分の変更の申告より、別の目の検査のほうが拾います。下書きの批評で同じ型を使う話は人に見せる前の下書きは、AIに直させずに「どこが伝わらないか」だけ言わせるにあります。
ほしいのは議事録であって、全文ではなかった
この記事は「発言の記録」を残す工程です。決まったことと宿題だけがほしいなら、文字起こしを整えるより、最初から議事録として出させたほうが早い——それは会議の録音から、議事録と「誰の宿題か」まで出させるにまとめてあります。誰の発言か分からないときに推測させない話も、あちらにあります。
応用・次の一手
「誰が何と言ったか」自体に価値がある文書なら、全部同じです。取材やヒアリングの記録、クレーム対応の通話記録、口頭での合意の控え。どれも、整えた瞬間に言い回しが変わっていたら記録として使えません。指示文2で整えて、指示文3の一覧で数字だけ音源に戻る、が基本の流れです。
逆に、自分の話した内容を企画メモや報告書に起こすなら、書き換えは歓迎です。その場合はこの記事の縛りは全部外して構いません。守るべきものは「他人の発言」だけです。
最後に、この実測でいちばん大事だったことを書いておきます。AIは間違えたから発言を書き換えたのではありません。「読みやすく」という注文に、まじめに応えただけです。ほしいのが記録なら、「読みやすく」ではなく、変えてよい種類の一覧を渡してください。
📌 この記事の実測(教材・7本の指示文・返ってきた生の全文・照合スクリプトの出力)は、リポジトリの docs/evidence/tidy-transcript-without-rewriting.md にそのまま置いてあります。